• 六節閭
  • 六節閭

住所 : 公根面公根南路169番キル 92-7

六節閭は壬辰倭乱の際、晋州城の戦闘で倭敵と戦って没した晋州牧使・徐礼元とその家族6人の忠節を称えるために国が建てた精励閣である。1678年(肅宗4年)徐氏一家の忠節が世に知られ、徐礼元を泰議明族閭判書に追贈し、1692年(肅宗18年)に徐氏一家の忠節を称えようと彼らの子孫が住む横城郡公根面に励閣を建てたが、その後、崩壊された。

建物の構造は、長面4間、側面1間の一軒切妻屋根で、簡単な構造の桁丸太の家である。低い自然石の基壇の上に、台形模様の柱や障子の桟の表面などの角を丸くした原型礎石の上に円柱を建てており、壁面には全て格子を施し、下部は塞いでいる。内部は全面と同じく計4つの空間で区切っている。

六節閭は、4間励閣(8.76m*2.34m)の大きさで、木造の韓式切妻屋根の形態をしている。現在の建物は1983年に再建したもので、精励閣の中には鄭鴻淳と趙寅永の記文がかかっている。